彼に筆を持たせたこと

2016年06月12日 13:36

太平洋戦争で散った御霊をグアム島で慰霊してきたのは、2014年3月。

慰霊の前と後で、はっきりと体感が変わった実感があって、何かっていうと、前の穏やかな自分に戻ったっていうことです。激しい怒りも、抑えきれない憐憫もずっと収まり平穏が戻りました。

無念を昇華した彼は、たぶん光になって私を見ていてくれるという感覚もありました。

一件落着。

そんな言葉がぴったりだったけど、不思議なのは特攻のニュースなどを耳にすると、はっきり「自分のこと」として聞こえてくるのです。当事者意識というか。


戦後70年ということで、天皇陛下が慰霊の旅に出られたり、テレビ新聞は特集番組をこぞって組みました。そういうのに触れて、今までなら「平和のために戦争を忘れちゃだめだよ」程度の意識だったのだけど、もうアンテナがビンビン反応してくるw

天皇陛下のコメントを読んでジワっと感激して涙が出る。組まれた特集を見ては「アリガトウ」と感謝の気持ちになる。知ったかぶりのコメンテーターや、間違った報道には訂正を入れたくてウズウズする。

もう、ワタシって立ち位置どこよ・・・っていうw

当事者の感覚になってしまうことにちょっと戸惑いながらも、そういう生き方を成し遂げた自分の過去生の魂に、尊敬という気持ちが育ち、いつしか憧れに変わっていきました。平和を希求してやまない私の魂が共鳴したのです。

「訂正いれたくてウズウズする」っていうのを自覚してからは、彼に筆をもたせたらどうかなって閃きました。もちろん書くのはワタシ。サイキックでもないのでチャネリングというにはお粗末だし、誰に見せるものでもなく、内容が「私の想像でも構わないって」いうのを自分の中で設定して、自由に書き始まった。

そしたらどうでしょw 雄弁に語りだす彼www

そんなに話すこといっぱいあったんだね。チャネリングしてる感覚もなく、私の中からどんどん言葉が溢れてくる。もちろん、私というフィルターを通ってるから私の想像も入ってるんだろうけど、結構「そうだったんだ」っていう閃きがどんどんタイプされていく。←タイピングは早いワタシw

人物像はというと、私と似てる。波長が同じなんだろうね。冗談が好きなんだけど本心は真面目。私と違うのは、三次元に生きてないことで、変な執着がなくさっぱりしてて。煩わしい人間関係に気を遣う必要がないので本音でずばずば言う。魂の世界ってなんて自由なのw

彼とのやり取りを少し載せておきます ↓↓






君とここで会ったとき、はっきりと悟ったんだ

君がこの桜の下で
僕に出征の知らせを打ち明けたことを
必ずまた酒を酌み交わすと誓いあたことを

時を超え、死をも超えて果たされた僕らの友情を
見守ってくれたこの老木に 今宵は一献捧げようか


※ これは「桜が散る儚さ」に絡めて私が書いた特攻の物語です。そこに寄せられたコメントについて返信をしていたところ、彼がやんわりと訂正に入ってきます。

Aさん
「日本政府は敗戦国ゆえ事実を曲げて伝えている。無理に特攻に行かされた人が気の毒だ。わかるでしょ?」

「もう次の旅に出ているので心配は無用です。」

Aさん
「逆らえない上官命令に縛られ、死んだ後も日本に帰れない魂がたくさんあるんですよ」

ワタシ
「聞くところによると、そういう魂に「帰国せよ」という命令が出ましたという風に語り掛けて光へ送り出す試みが、上の次元で始まっているそうです。」

Aさん
「最悪、地縛霊になり人にとりついたりする者もいるんですよ。遺骨を返そうともしない日本政府には腹が立つ」


※ 誇り高き特攻の魂は、地縛霊という不名誉を着せられたことで、本気になって訂正に入ります。

ワタシ
「こんなこと書いたら非難囂々かもしれませんが、伝えたいという想いが強いので書きますね。」


「同胞といっても個人差があると思いますが、俺たちの想いは、子々孫々が笑って生きてほしいというところに行きつきます。

遺品や遺骨においては、その所有者(俺の場合)は今はもうそれほどの執着はありません。

作りの悪い顔でも使っていた肉体に愛着はあり、感謝していますが、抜け殻となった肉体は自然の摂理に従って地球の一部に還るのが自然であり、骨を故郷に返してほしいなどという手間がかかることを子孫に望んではいません。

なので、遺骨や遺品は残された方々のためのモノであると言えるでしょう。それがのちの人生を生き抜く一助になるのであれば、必要なのでしょう。

でも、それに執着するあまり、自分の人生ではなく、散った方々に捧げる人生になってしまったとしたら、俺たちは浮かばれません。

あくまで自分の人生。やりたい事、愛する事、笑う事、大事にしてほしい。それらを守るために飛んだのです。それが守られるなら自分の命など惜しくはないと雄々しく飛んだのです。

可愛そうだ、気の毒だ、と俺たちを憐みの対象にしないでください。特攻で死んだ若者たち、ではなく祖国を守った日本人、と呼んでほしいのです」


この後も押し問答?は続きますが、Aさんは彼の言うことを受け入れる様子がないので放置されることになりました。間違ってはいないと思うのだけど、戦争のどの面を見ているのかで違うのかな。

確かに現実として非人道的な作戦であったし、私も日本史上最悪の決断だったと思いますが、その中で生きなければならなかった彼は、今の日本人には想像もできない高い意識で、自分の人生を平和のために捧げました。それは震えるほど研ぎ澄まされた愛の視点だったのでしょう。なのに特攻隊を憐みの対象にしたてあげ、あげく地縛霊などという低級な位置に置いたことに、彼はいてもたってもいられなくなったのです。

でも、今の日本人(私も含めて)、ここまで彼らの意中を察することができる人、数えるほどしかいないんじゃないかな。私はタイピングしながら、そういう高次の愛に触れて、泣きそうでした。こんな高い意識になったことないワタシから、そんな言葉が出てくるなんて。やっぱり彼はワタシではないとはっきりと自覚した日でありました。





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