依存のお勉強

2016年10月23日 12:44

「依存」について勉強したいと思っていたら、やってきました^^ ありがとうみんなー^^

 

お酒やギャンブルに溺れるだけでなく、様々な”依存”のカタチが存在している事を理解してゆきましょうと、バシャールは話しています。仕事に依存したり、人に依存したり、暴力や犯罪に依存したり、被害者意識や被害妄想のその波動に依存したりと、”依存”と一言で言ってもカタチとして見える事だけとは限りません。そもそも”依存”が存在する理由はただ一つ、自己批判によって空いた心の穴を元に戻したい、本来の自分に戻りたい、と外側に要求を求める事で起こる現象であるとバシャールは話しています。つまり、自分自身に軸をおくのではなく、外側に丸投げしてしまっている状態を表しています。この場合、”ありのまま”の自分に戻す力が自分自身には無いと勝手に決めこんでいるので、一向に依存症から抜け出す事が出来ません。

 

多少なりとも”依存”について体験した事がある人であれば理解できるかもしれませんが、依存症の真っ只中にいる人は、たいてい自分が依存症である事を認める事が出来ません。自分の”力”を真っ向から否定してしまう彼らは、外側にある”何か”を手放してしまったら、自分させも消えて無くなってしまうのではと感じています。

 

心に空いた穴は、貴方しか埋める事が出来ないという事を理解してくださいとバシャールは話しています。数億する大きな家に住み、車庫にはフェラーリ、仕事は円満で素敵な家族に囲まれていたとしても、貴方の心がハッピーでなければ一向に幸せを感じる事はありません。なんでも揃う大都市に住むよりも、物資が少ない土壁に住む人たちの方が数倍幸福感を感じる事ができるのは、一体はなぜなのでしょうか。それは、心が満たされているか、否か=自分の心が満たされているか、否か=自分を愛しているか、否か、という事が言えるのです。つまり、心の軸を外側か内側に持つかによって、自分自身の幸せ度が変わってくるというわけなのです。依存するのであれば、自分自身に依存してゆきましょうと、バシャールは話しています。貴方のパワーは貴方に使ってこそ、力を発揮するのです。依存する軸を自分の中に戻してゆきましょう。そして、さらにパワーアップした新しい自分を創りあげてゆきましょう!

 

   

 

 

 

 

見えない存在と交流を深めていると、「依存」に度々出会います。

 

先日のやりとりを例にします。

身体中が痛んで熱っぽいワタシは、すべて投げ出して布団に入りたいのだけど、現状はそれを許さず、頑張らなきゃ・・・としょんぼりしていました。

 

「あのね、ワタシが寂しいとき見方になってくれるん?私が明らかに怠けてるときでも」

 

「怠け癖を正すと言うと思ったかw 残念ながら全面的におまえの味方だ」

 

「でもそれだと私が甘えちゃうじゃん?」

 

「いいんだ」

 

「よくないじゃん」

 

「なんだよ、具合悪いときに限って甘えられないのかw」

 

「だってだってー」

 

「誰も甘えさせてくれない可哀想なワタシをやりたいのか?」

 

「気持ち悪いそれw 吐きそうw そうじゃなくて依存しちゃったらダメかなぁって」

 

「したいならすればいい。したいようにしかできないだろ、おまえはw」

 

「もーーー!闇だ、闇の存在だ、君は!」

 

「なんとでも言え(笑)」

 

「そいじゃ、体調を治してください。いつものようにパパッと」 ※腹痛とか頭痛とかお願いするとすぐ治ります

 

「・・・・・・・・・」←無言

 

「どうしてそこ無言なん?身体中痛いよお~」

 

 

 

どうしたいのかさっぱりわからないワタシw 甘えたい、でも依存したくないという抵抗、いろいろ絡み合って何がなんやら状態。

 

だとしても、自作自演「可哀想なワタシ」なんかであるはずがない気持ち悪い、えー・・・認めたくないけど私の中にも自作自演女がいたのかも、だから「吐きそうなほど気持ち悪い」と罵詈雑言で反応してたんだね・・・

 

大抵、ワタシが罵詈雑言を吐いてる時は、自分の中に同じものがあるときだからね。気持ち悪すぎて認めたくないから、現実に投影された対象に罵詈雑言を吐くと。また教えてもらった感。ありがとー^^

 

自分の中に、気持ち悪いものが無くなった時、現実がとっても楽しくなるんだろうね。

 

 

 

話がそれちゃった。依存の話してたんだ。バシャールの分析を借りれば

 

自己批判によって空いた心の穴 → 怠けてる、と自己批判しているワタシ

 

心の穴を元に戻したいと外側に要求を求める → 魂の人に癒してもらおうとする

 

自分を愛しているか、否か → 体がつらいなら休んで労われ

 

自分を責めるから、誰かに依存する羽目になる、普通にシンプルに休めばいいだろう、というのが、現時点の私レベルの解読。まあ、及第点なのかな、今朝はとっても体調がいいのです。

で、バシャールのこの記事に出会うというシンクロ。ありがとうバシャーーーール^^

 


 

かなり我儘に生きることができるようになってきた、というワタシのセルフイメージはまだまだだった。「あー風邪ひいたー何もしないで寝よっと♪」と明るく布団に飛び込めるようにならないと。もっと言うなら「おなかすいたーなんか作ってー」とか「風邪うつる危険性をおかしてハグしてー」とか言えるようになればいいんだろうね(笑)

 


ということでおさらい。

 

依存とは、自己批判によって空いた心の穴を元に戻したい、本来の自分に戻りたい、と外側に要求を求める事で起こる現象。

心に空いた穴は、自分にしか埋める事が出来ない。自分を愛すること→心の軸を自分に置くこと。

 

 

依存するのであれば、自分自身に依存しよう 

ちょっと意味が分かりにくいので、依存症の定型文に「ワタシ」を当てはめてみると理解しやすいです。「ワタシ抜きの人生などありえない」 「ワタシのためなら全財産をつぎ込める」 「1日に何度もワタシの事を考えてしまう。というかいつもワタシのことで胸がいっぱいだ」 「ワタシの理想の女になる」 「ワタシと接している時の幸福感は何物にも代えられない」

・・・どうでしょうw 心屋的な匂いがぷんぷんします(笑) 

本来はこうやって生きることが魂の悦びなのかなと思います。

 

 

 

 

魂の人とのやりとりは、奥が深いようで浅く、浅いようで深いw

いろんな事を気付かせてくれるから(教えてくれないこともいっぱいあって、知らないから教えてくれないのか、敢えて教えてくれないのか、その辺が謎)、ついつい判断を委ねてしまいそうになり、これは依存か?と自分を疑う。依存したくない、どうすればいいの、と聞くと「したいようにすればいいよ」という。だから、自分で勉強するしかない。肝心なところは教えてくれないイケズw

とはいえ、今回の1日だけの風邪体験。自分を責めずに寝られるかという訓練をさせてくれたのかなぁとも感じます。

 

こういう回りくどく体験させて思い知らせる勉強する体験型学習法、慣れていかないとね。人は頭でわかってるだけじゃ身につかないものだもんね^^

 

 

今日は新車を買いに行ってくるよー。今乗ってる車、壊れそうなん。オートマなのにセカンドでひっぱりまくったから、とかじゃないんよw 変化なん、変化の波きてるねん。

いつか記事に書いたあの車、ついに手に入れるで^^ 納車したら写真のせるね^^

 

 

 

 

 

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