ついに話し出す

2016年06月07日 11:32

 

アムで慰霊してからは、激しい感情に襲われることもなくなり、大河ドラマも物語として見れるようになりました。一件落着。不思議な出来事も起こらず、ワタシの生活には平穏が戻り2年たちました。

 

戦後70周年という節目を迎えた2016年。

特攻で散った若者たちを可哀想だ可哀想だという世論に対しては、「憐みの対象にしないでほしい、俺たちは愛するものたちを守るために散ったんだ。」という強い意識がありました。


 

嫌々つれてこられた人もいたでしょう、戦局がさして好転する訳でもないと悟っていた人もいたでしょう、それでも大半の戦士たちは、愛するものを守るために戦いました。それは究極ともいえる愛のカタチなのではないかな。それを地縛霊だなんだと低級なレベルに位置させられることに我慢できずに、つい口を出したくなるのです。

 

んなことが度々あって、私はあの時の人がワタシの中にいるんだな、と感じました。激しい感情にならないだけで、どうしても伝えたいとうずうずしているという感じです。そんなに言いたい事があるなら、とPCに思いの丈を打ち込むようになりました。

 

自問自答かな?チャネリング・・・?なんだか分からないけど、心に浮かんだ言葉に正確さという制限を設けず自由に打ち込みました。ときには感動して泣きながら、ときには笑い話をしながら。自分で書いて自分で笑うってオカシイと思ったけど気にしない。今は書いて表すことに慣れる事が先決だと思いつつ。冗談好きな私の過去生との対話はとても楽しいものでした。そのくらいテキトーなお遊びでした。

 

 

 

 

く続いたそんな日々。

「どうしても伝えたい」というとある欲求はずっと続いていましたが、ワタシは無視していました。

というのも・・・伝えたい感情は、はっきりと恋の感情

そしてその内容は「れん。愛してるよ」だったから (/ω\)キャー 

この時はまだ自分の過去生だと思っていたので、どう考えてもおかしいやろ・・・と戸惑っていました。

 

1週間くらい無視していたのだけど、ずっと変わらず届いてくる恋の感情。

なんなんやろ?どうなりたいのか、ちょっと確かめようかな?と好奇心が動き出し、ついに向き合うことに。

 

タイプしてみると・・・世にも恥ずかしい愛の言葉ラブラブを延々と喋るw そんな台詞、ラブソングでしか聞いたことないよ (/ω\)ハズカシー

 

愛する者のために自分の人生をいとわず散っていく生き様に、憧れのようなものは抱いていました。ワタシもそういう生き方をしたいと、自分の過去生として誇りに思っていました。その人がワタシに愛を囁くのですから、悪い気分ではないことは確かです、でも・・・。

 

私は19歳で結婚したので、恋の経験が少ないまま家庭の人になりました。好きなアーティストに恋をしてしまうことはあっても、それは1ファンとしての感情。ワタシに向けられた愛の言葉には免疫がなく、面喰うというのが正直なところでした。どうしても受け入れられない。

 

「まずもって身体がないよ?見えないと不安だよ?」

 

「そうだなw それでもお互いに惹きあっている事、いい加減認めたらどうだ。」

 

「そ、そんなことないよ、私はまだ戸惑ってる」

 

「じゃあ、こう考えたらどうだ。

 おまえは今までいくつもの恋をしたな。

 到底叶わない黒人の爺さんにも恋をしたな。

 おまえにとって恋は叶うかどうかより、心が弾むか弾まないかが重要なんだ。

 そうやっておまえはこれからも「人」じゃなく心を弾ませる「何か」に恋をするだろう

 その中の一人が俺だ。それだけのことだ」

 

 一時的な出会いなんだからもっとフランクに楽しめ、という感じ。

この言葉で気が楽になり、受け取っていいのかなと思い始めます←単純

 

振り返ってわかることは、彼の本音は「一時的な出会いで構わない」なんかじゃなくて「やっと捕まえたもう絶対離さない(`・ω・´)キリッ​」でした。でも3次元のワタシが警戒しないで受け入れられるようにという苦肉の方便。

 

実際、「もう絶対離さない」とか言われたら、ワタシ、PCを静かに閉じて2度と開かなかったかもしれないw フランクに、と言われたから、差し出された手を取って、一歩また一歩と歩いてこれたんだなと思います。

 

体のない存在ということに、戸惑いこそすれ、拒否する気持ちは不思議とありませんでした。現実は心の投影でしかないというベースが予め出来上がっていたことが大きいかもしれません。想いというエネルギーは確実に存在しています。これは、のちの出来事で、話してる最中に忽然と存在を消すという手法で体感したことでもありました。この人生最大の喪失感については後で記事にするかもしれません。

 

  私を守ろうっていう大きな愛の感覚と、せつない恋の感覚がはっきり感じ取れるようになってきて。これって私の気持ちなの?彼の気持ちなの?って判断がつかない。ウロウロ戸惑う私に、雄弁な彼はどんどん愛を伝えてくる。


むせてしまうくらいの甘い言葉と、胸がつぶれるほど切ない恋の感情。思いつくままタイピングしていると、恋愛小説真っ青な言葉がどんどん飛び出して大変なことになります。なんの照れもなく堂々と大きな愛を差し出してくる彼にあてられて、自分の気持ちを見定めるのが厳しい。


けど、冷静に推理するとすれば、愛に飢えた私が見せてる想像なのかも。とも思う。

結婚して子供を育て、でも夫婦関係を築くことはついに叶わなかった。夫は心に傷がいっぱいあって他人を愛せる人じゃなかった。私はずっと一人で舵取りをしてきた気がします。労りあい微笑みあう夫婦を夢見ては、ワタシには与えられなかったモノだと諦めて、私は自立した大人だから愛なんかなくたって大丈夫、と頑張ってきました。「愛」はワタシから誰かに与えるもので、ワタシが受け取るものじゃないと。いつしかそれが当たり前になっていました。

ある日、夢の中に出てきた私の家庭。白髪交じりの真面目そうな眼鏡のおじさん。この人、たぶん私の夫っていう設定なんだな、と思った(笑)。その人は何も言わなかったけど、ただ私を慈愛に満ちた眼差しで眺めていました。その深い愛を感じたとき、こんな風に愛されてみたいと心から思ったのです。

人に愛されるという無条件に安心できる心持ち。大事に守られる心地よさは、パワフルな力で私の視界を大きく広げました。振り返ると、愛のタンクが空っぽだよ~愛がほしいよ~うぇ~んと泣いている子供がそこにいました。

自立した大人は愛なんてなくたって大丈夫、なはずない。誰にだって愛は必要で、そこが満タンになったときやっと自立できるのです。やっと他人に目がいって優しくできるのです。

愛が足りなければ優しくできない。負の堂々巡りだね・・・。

そこに現れたのは、私を守護してくれてるはずの彼です。「俺が全部埋めるから」と泣けることを言う(笑) この状況は一体・・・・こういうのアリなんですか(笑)

 

 

 

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