嫉妬

2017年07月16日 22:13

なんかドロっとしたものを感じるねん・・・
たぶん「嫉妬」という感情。

なんで嫉妬なんていう感情があるんだろうなー
ワタシは昔から嫉妬という感情を味わったことがないから
その心の仕組みがよく分からない

地雷が見えないから、あちこちで踏みまくる
悪いことに、踏んでることにも気づかない
用心することもできない
でも最近、感覚が冴えてきたせいで感じてしまうねん 
ドロっとしたエネルギーを。
で、「あ、しまった踏んだんやな・・・」とやっと気づく

どうにか緩和させようと演技したりしてたけど
それももう疲れたから自然体で行くことにした(笑)
そんな自信たっぷりな態度もまたムカつくのかもしれない(汗

嫉妬があるから競争が生まれるんだよね
競争は自分を磨く原動力となる、とよく言われるのだけど
どうして自分を磨くのに比較という原動力が必要なのか分からない。
そういうのって例えば
「あ~自分がもっと〇〇だったら人の役に立つのにな」とかって
自然と心から湧き出てくるものじゃないの?
湧き出てこないならそれは必要ないってことじゃないの?
比較の上にある原動力っていうのが理解できない

優劣で自分と人を見比べるなんて無意味だよ
人は何かしら差異があって、それは優劣じゃなく個性なんだよ
いろんな個性がいっしょくたに生きているから面白いんだよ
得意不得意なんだよ、向き不向きなんだよ

アナタも私も彼も彼女も
みんな必死で目的地を目指してる同志なんだよ
競争なんてやめようよ
せっかく、同じ地球の、同じ時代に生まれたんだから
競争なんてしないで、
個性をみとめあって、得意なところを伸ばすような関係に
なれたらいいなぁと思う

あの人、絵が上手なのよ、悔しいー!
じゃなく
あの人、絵が美味いのよ、ワタシも一緒に描いてみたいなー
とかね、そういう方向にいかないものかな

それに、優ってると思ってるけどそれは幻想かもしれないよ?
コンプレックスが心の中にあると
他人が自分より優れてるように錯覚しちゃうんだ
実際は大差ないのにね
お父さんが「なんでも一番じゃなきゃ無価値」と言った?
お母さんは「ひとつでも多くの特技を持ちなさい」と言った?
昭和の時代はそうやって生きてきたんだよね
でも、もうその時代は終わったんよ
競争じゃなく、個性を認める時代になったんよ
一番じゃなくても、特技が一つしかなくても、それでOKなんだよ

誰もがみんな宝物を持って生まれてくるよ
それに気が付くかどうかは自分次第だよ
それを宝物と認めるかどうかも自分次第
人の宝物を羨ましがる暇があったら
自分が持ってる才能・パワー・エネルギーを
もう一度見直してみて
誰にも負けないもの、持ってるはずだよ


思っただけでエネルギーは届きますよ
近い将来、ほぼ全員がエンパスになる
そうなったら今よりもっと人の心が見えるようになる
今よりもっと自分の心が見られちゃうようになる

恥ずかしいから嫉妬なんて捨てようっていうんじゃない
乗り越えようってこと
あの人、ワタシが持ってないものを持ってる、悔しい!
じゃなく
なら、ワタシはワタシにしかないものを伸ばそう
または、ワタシもあのやり方でやってみようかな
そんな風に嫉妬を超えていくんだ

そうなったとき嫉妬は懐かしい感情になる
「人だったらそういう感情もあるよね」
って他人のネガティブな感情も受け入れられるようになる
他人の輝きを受け入れ認められるようになる


はやくそんな世界になるといいなぁ
それまでワタシはぬかりなく鉄壁のガードをして
エネルギーを取られないようにするのみです
上の人たちヨロシクー(^^)/



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